日々bibiビーム VI

作ったり読んだりなにか書きたくなったり。

国語力不足

何かにつけ「平成最後の」という枕詞がつくのが面倒くさくて改元についてあまり考えていなかったのですが、TwitterのTLで「あなたの平成を一文字で表すと」みたいのを目にしたときにふと「私だったらなんだろうなあ」と考えたのですね。

 

結果、

一文字なんかじゃ表せない

だったのですが、そのときに考えたことを平成最後の記事アップのタイミングで書こうかな、と。(結局ノル)

 

□□□□

 

平成は30年間もあったわけで、言っちゃいますけれど、私、平成になって最初の高校卒業生です。物心がついているどころではないですよ。一丁前の大人気分でいましたからね。今考えると笑っちゃいますけれど、そんな私が平成の間に子育て終えたってほんと30年ってそれだけのことをするのに十分な年月だってことですよ。

 

もうほんとそんなん一文字で表せるかいな。

熟語、いや四字熟語だったらまだしも。

 

お、四字熟語だったら何だろうね。

「塞翁が馬」かなあ。

って四字熟語じゃないからそれ。

 

□□□□

 

平成を振り返るとですね、

  

最初の10年は激動の10年。自分の環境が目まぐるしく変わりました。所属も住むところも変化、変化、変化。
自由でした、というといい感じに聞こえますが、実質流されるがままでした。流されるまま刹那的に楽しんでいました。ひとことで言うと「若かった」。

中間の10年は試練の10年。不自由で精神的に追い詰められていました。余裕がなく攻撃的でしたね。
先の10年がフワフワとしていて地を固めてこなかったのでその反動だったのかもしれません。あまり振り返りたくない時期です。

直近の10年は近すぎてまだ総括できません。10年後(令和10年ですな)に、この10年が何だったのか見えてくると思います。
いろいろありました。長かったです。子は小中高を駆け抜けましたしね。あー、ぼんやりとですが「健康」がキーワードになりそうな予感がします。

 

□□□□

 

話は戻って、四字熟語。

 

五里霧中。 全体としては違う気がするけれど中間の10年はそうだったかな。

無我夢中。 うーん。最初の10年はそうかなあ。いや違うな。

森羅万象。 まてまてそれは話が大きすぎる。

家内安全。 願いごとになっちゃってるよ。

 

変化に富んでいました、夢も希望も絶望もありました、そんなこんなでいいことも悪いこともありましたが、概ね何かに導かれてきたような気がします、ってことをいいたくって、うーーん、そうだなあ、

 

国語力が今の10倍あれば何か思いついたかもしれない。
けれども今は無理。一文字も四字熟語も無理。

 

ってことでこの話はおしまい。

 

□□□□

 

この4月に一つの節目を迎え、新環境に慣れようと自分を組み替えているところです。今はただただぼんやりしながらやりたいことをしています。このぼんやり期はいつまで続くかなあ、と思いつつ、こうして平成を振り返ると、そういう節目が何度もあったことを思い出しました。そのたびになんとかなってきたので、今回もなんとかなるでしょう。30年もあると経験だっていろいろと積み上がるのだー。

 

□□□□

 

ちなみにオットに「自分の平成を一文字で表して?」と振ったら

と言いました。

ああ、わかる。そうだね、そうだったね。