日々bibiビーム VI

作ったり読んだりなにか書きたくなったり。

地元とトウキョウ

母校(高校)の同窓会が開催されました。

今年度の同窓会の準備をしたのは私の卒業した期。昨年は私達の一つ上の期が担当し、来年は私達の一つ下の期が担当します。要するに、担当期を順に下へ送っていって同窓会が開催されているわけですが、私は担当期である今年が同窓会へのはじめての参加でした。

簡潔に言うと、準備段階から興味深く、面白かったです。同期は皆、恐ろしいくらいに優秀で、私は惚れ惚れするのみ。そしてたくさんの刺激を受けました。おっかなびっくり、腰が引けた状態で準備に参加していましたが、それでも自分の中の引き出しが増えたような気がします。

「こんな機会は一生に一度だから」と誰かが言っていました。ほんとうにそうだと思います。みんなありがとう。当日は同期がたくさん集まり、先輩後輩にも会えてほんとうに楽しかった。

 

この同窓会、実は地元と東京の2箇所で開催されます。

地元と東京では運営が異なるのでそれぞれでグループを作り、準備期間中の意見交換やファイルのやり取りはグループウェアサービスを使って行いました。

 

私は関東在住なので東京グループで準備を進めていましたが、なぜか地元グループにも参加しており、どちらの情報も入ってくる状態でした。そのため両方の情報を追うことになったのですけれど、ここでね、地元と東京の違いがでていて面白かったのですよ。

このエントリでは私なりに考えた「地元と東京で違いが出た理由」を書いてみます。

(前置き長いわ)

 

違いというのは、集まったメンバーの色もあるのでしょうけれど、ざっくりいうと東京のほうがロジカルできっちりしており、地元はそれほどロジカルではない、ゆるい感じ。なんというか、使う言葉が違うのです。

 

現在どこに住んでいようと、一時はみな同じ地域に住んでいたので(同級生は地元で育ったの子がほどんどだった)、気性というのか地元性というのか(語彙力頑張れ)、そういうものが共通して根本にあるのでしょう、地元から離れたところで集まっても、地元が同じだと安心できるし話が早いよね、という話題になります。

つまり、地元で培われた根本はそれほど変わっていないと思われるのに、なぜ地元グループと東京グループでは雰囲気が違うのかな、と思ったわけです。

 

私の考えた理由はズバリ、以下。

東京にはいろいろな地方から、それぞれに違う気性や地元性を持った人が集まっていて、その雑多な人たちに自分の発言を理解してもらうためには、誤解のない言い方や共通の言葉を使わないといけない。

長い間東京で仕事をしている人は、その話し方が身についてしまっているのだ。

です。

同期の集まりなので、東京で準備のため顔を合わせるときは高校時代に戻った気分で和気あいあいとしていました。が、しかし、規模がそこそこ大きかったため、皆、なんとなくお仕事モードになっていたのだと思います。なので普段使い慣れていている「誰にでも誤解なく伝わる言い方」が出てしまっていたのかな、と。

さらに(私の同期だけの話でしょうけれど)、地元グループは東京に比べて自営業の人の割合が高く、東京グループは地元に比べて会社員の割合が高いというのも関係するのかもしれない、と思いました。

地元の自営業だったら、ほぼほぼ地元の人としか話をしないと思うのですよ。それに比べて東京の会社員は、社内そのものが地方性のるつぼだったりするわけで(会社の性質にも寄りますけれどね)。

それぞれの言葉の使い方が違ってくる要因がここにもあるような気がします。

 

地元なら「あ・うん」で伝わることを、東京では丁寧に説明しないといけないわけですから、労力がかかります。高校の同期で集まるときに「高校時代の同級生と話するのは楽だわ」というのは、言葉を端折っても伝わる、ということから来るのだろうなあ。

 

話は逸れますが、

東京に長く住んでいた人が地方へ異動して、同じ調子で話をしたら「理屈っぽい」って言われそうだな、と少し心配になりました。わかりやすく話しているだけなのにね。ああ、今、郷に入っては郷に従え、という言葉を思い出しました。頑張れ転勤族。