日々bibiビーム VI

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【読みました】『21世紀の楕円幻想論』

平川克美さんの『21世紀の楕円幻想論』を読みました。

株式会社ミシマ社 | 21世紀の楕円幻想論 | 原点回帰の出版社、おもしろ、楽しく!

(出版社のサイトにリンクしています)

タイトルの半分以上が漢字でしかも「論」なんてついているタイトルの本が本屋さんに平積みされていても、私は決して「読んでみよう」などとは思いませんが、でもミシマ社の本ならたぶん私でも読める。そして読み終えました。

 

昨年、平川さんの対談イベントに参加したことがあるのですが、平川さんはかつて大商いをしていたとは思えない風貌で、なんというか、力が抜けて飄々としているようにみえました。悟りきっていらっしゃるのでしょうか(きっとそう)。

 

本の内容を大雑把に言うと、

効率よく金稼ごうぜ、なんでも金で解決できるぜ換金できるぜ、みたいな世の中だけれども、そこでみんな幸せかというとそうはみえないし、お金で価値をはかるだけではない価値の仕組みもあるはず。それについてちょっと考えてみないかい。もちろんお金は大事だよ、でも、違う価値観もあるんだよ。どちらかを選べってわけじゃない、イチかゼロかではなくって、バランスよ、バランス。今はバランスが悪すぎるんだよ。※「オマエそれしか感じ取れなかったのかよ、つか違うし」と著者に怒られてもこれが私の実力です。 

という本です。江戸時代の江戸っ子みたいな「宵越しの金はもたねえぜ」という生き方もあるということです。若い頃は「お金ないと困るじゃん。江戸人はなぜ貯めぬ」と思っていましたけれど、今はそうは思いません。むしろ江戸の人は肩こりがなさそうでうらやましいと思っています(飛躍しすぎ

少し前に『となりのイスラム』を読んだのですが、『21世紀の〜』の中で書かれている贈与のモラル、というのはイスラムが大事にしているものとずいぶんかぶっているのではないかと思いました。なので、欧米とイスラムはお互いを理解しにくい、というのがますますよくわかりました。もちろん、贈与モラルが大事にされている中でも等価交換モラルは生きているでしょうし、逆もしかり。ただ比重が全然違う。

 

振り返るとハズカシイのですが、自分の若い頃は、すべてにおいて貨幣価値で損得を計算する、みたいなところがありました。お金にも時間にもケチでした。江戸っ子が理解できませんでした。

時間効率やコストパフォーマンスがすべてではない、と気づいたのは40代になってからかな。みんなのために自分の時間を無償で提供することを「無駄」とは思わなくなってきた、というのかなあ、対価がほしいわけではないのですよね。なんでしょうね。自分のためよりむしろ人のためのほうが動けることに気づいたりね。ほんとになんでしょうね、これね。 

 

現在は等価交換のモラルの陰に隠れて贈与のモラルが見えなくなっているけれども陰に隠れているだけでなくなったわけではない、と平川さんが書かれています。

Twitterで「いい話」がバズる、えーっと、拡散されてたくさんの人の目に触れるのは、実はみんな贈与モラルに憧れているからではないかとぼんやり思いました。隠れているものを見つけたいのかな。こういうことがもっとたくさんあるといいな、と思っているような。

 

企業が必要ないものまで「買え買え」と購買意欲を煽ること、需要を無理やり作り出す、というのかな、そういうのが私は好きではないので、購買意欲を煽るだけではない商売に囲まれたいな、と思います。それには生活者も、必要なものだけ手に入れられれば良しとして蓄財を考えない、無理してまで欲しがらない、という意識の転換が必要ですが。まあ、みんながみんなそう振る舞うとほんと小さい経済になってしまいますけれど。お金が回らないですからね。でもお金がなくたって、助け合って生活するやり方をする人がでてきている、と本書でも書かれていますし、そういう人のほうが優しい。そういうのに憧れる人が確実に増えると思う。

 

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関係ありませんが、読書が面白いです。ある程度コンスタントに読書するのがいい。何年ぶりだろ、久しぶりに読書を楽しんでいます。今後も本を読み続けていくと、今日書いたことが「あ、少し違ってたわ」と思うことも出てくると思いますが、当時はそうとしか感じられなかった、というログとして残しておきます。

 

それはそうと、『となりのイスラム』を読んだ時のエントリがコチラ。

zipmouse.hatenablog.com