日々bibiビーム VI

作ったり読んだりなにか書きたくなったり。

【読みました】『となりのイスラム』

イスラム教は世界の三大宗教のひとつ、と学校で教わって以降、911のテロが起きるまでイスラム教の知識は更新されずにおりました。

テロ以降更新された知識は、イスラム教の世界は混沌としていて勢力図は変化しつづけている、ということと、コーランの教えは理不尽な感じがするけれども、意外に生活に根ざしている、たとえば実は病気にならない対策だったり、女性軽視ではなくむしろ女性を守るためだったりするんだな、ということでした。

ただ、それらの知識は積極的に勉強したわけではなく断片的に集まってきたものなので、自分の理解が正しいのかよくわからないし、なので一度順序だったものを読みたいな、と思っていたところにこの本です。

 

『となりのイスラム』(内藤正典著、ミシマ社)。

株式会社ミシマ社 | となりのイスラム | 原点回帰の出版社、おもしろ、楽しく!

出版社のサイトにリンクしています。

 

「中学生でもわかる」という触れ込みですが、ほんとに読みやすく理解しやすかったです。↑あれっぽっちの知識しかなかった私にも、ヨーロッパでテロが発生する理由、イスラム圏の勢力関係、そしてイスラムの世界観がわかってきました。ただ、著者も述べていますが、信者でない者にはイスラムを完全に理解することはできないと思います。

一部の信者が非道な事件を起こしているせいで、私を含め、イスラム教徒に怖いイメージを持っていた方も多いと思うのですが、

ほんとうにそんなに怖い宗教なら世界の四分の一の人口がイスラム教徒であるはずがないし、それだけの人が信者であるということは人を引きつける理由がなにかあるはずですよね、という著者の問いかけに、そうか、そうだよね、と思いました。

 

著者もイスラム教徒ではないので、イスラムの外側から考察したその理由ですが、

イスラムする」=「唯一絶対の神、アッラーに従う」

であり、それはすべて神様に従うということ。

イスラムにおける「自分たちはすべて神様に従う」の意味は、

神様に従って起きた結果はすべて神様によるものであり、

何が起きても自分の責任ではない。

そう考えるので、

この宗教と一緒に生きていると楽になれる。

からなのではないかとのこと。宗教による「救い」とはそういうこと(楽になれること)ですよね、と。

 

キリスト教、仏教の「救い」はなんとなくわかる気がしていましたが、イスラム教にも「救い」がありました。今更ですがどんな宗教にもあるのですよね。ああ、むしろ「救い」があるから宗教なのか。

私はずいぶん端折って書いてしまったのでわかりにくいと思いますが、本書ではわかり易く解説してくださっているので興味のある方は本書をお読みください。

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イスラム教に疎い人(私)が考えやすいことの一つに「イスラム教徒におもてなしするのは難しそう」、特に「食べ物のしばりがきついのではないか」があるのではないかと思うのですが、

そのあたりも詳しく書いてくださっているので詳しくは本書を読んでいただくとして、私なりに理解したことを、大雑把ですがまとめると、

「気を遣いすぎずに調理して、気を遣うべきところはどんなものを調理に使ったか正直に話をすること。そうすれば、それを食べるか食べないかは本人が判断する」ということ。

忌避な食材をある程度避けるのは当然のことだと思いますが、正直に話すのは材料と調味料はこういうものを使いました、ということです。イスラム教徒と言っても、規範の解釈は人ぞれぞれらしいので、そういうことならOK、いう人もいるそうです。

著者は「ハラール認証制度」には批判的です。お店の看板に「ハラール」と書いてあっても、実際はそうではないことが多いそうです(看板にハラールと書いてあったら、お店そのものがハラールのはずなのに、お酒が置いてあったりする)。だったらわざわざ「ハラール」なんて看板に書かない(認証なんてとらない)で、イスラム教徒自身で食べるか否かの判断ができるような情報をお店のメニューにでも載せたらいいのではないか、と書かれていました。

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イスラムに好意的に書かれている本書ですが、それでも、これからのイスラム世界はどうなってしまうのだろうと思わざるをえない現実があるようです。価値観の違いによる欧米との対立はもちろんのこと、イスラムの中もいろいろと難しそうです。

そのなかでただの民間人としてできるのは、どんな人とでも仲良くしていくという当たり前のことなのかな、と思いました。イスラム教徒には特別に親切にする、というのではなく、いろいろな人と仲良く分け隔てなく親切にしていくとその中に自然にイスラム教徒の人も含まれる、

変に構えず力を入れずに、そのくらいライトでいいのではないかと思いました。本書を読んで、ほとんどのイスラム教徒は普通(ああ、私の語彙力よ)の人だ、ということが理解できましたし。

問題は、いろいろな人と仲良くするって、言うのは簡単だけれど行うのは難しいということ。相手が誰であれね。日本人同士でもね。そこは精進せねばなあ。

 

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話は少し戻りますが、

 「すべてを委ねる」解釈を読んで、日本にも「神様にすべておまかせ」的な宗教があったよね、むかし習ったけれど、えーっとなんだっけ、

で思い出したのが、親鸞の、

南無阿弥陀仏」を唱えれば誰でもみな極楽浄土に行ける、でした。

こちらは神様ではなくて仏様ですけれども。仏教にも詳しくないので解釈が間違えていたらすみません。