日々bibiビーム VI

作ったり読んだりなにか書きたくなったり。

クヨクヨするとき、しないとき

失敗したときなど、私はわりとクヨクヨと思い出していたたまれなくなる傾向があるのです。自己嫌悪ってやつですね。ところがここ数年、それほど自己嫌悪しなくなった気がしていたのです。が、今週そのクヨクヨ病が発生して、自分で「おお、久しぶりだな」と思いました。

その時「ここ数年の傾向と何が違ってクヨクヨが発生したんだろ」と少し考えてみたのですけれど、結果、忙しくしているとクヨクヨする暇がない、という結論に達しました。※特に目新しい考えではないです、はい。

 

自己嫌悪ってやつはちょっとしたことからでも湧くのですけれど、次これ、次これ、と次々にいろいろこなしていると、嬉しいことや楽しいこともいろいろ発生して、感情が自然と上書きされていることに気づきました。これは「気持ちを切り替える」とはちょっと違うのね。「気持ちを切り替える」のは自分で踏ん切りをつけないといけない感じですけれど、自分は頑張らなくても自然にどうでもよくなってくるのね。

 

私の場合、自己嫌悪の原因は人間関係の中で起こることが多くて、「あー、やっちまった」というときに、一番気になるのは「みんなはどう思っただろう」とか「誤解されたかな」などということなので、人と関わっていると常に発生するのですけれども、同時に、自己嫌悪が取り去られる(どうでもよくなる)のも、人間関係の中でなのですよね。嬉しいとか楽しいという感情は、(一人のときも芽生えますけれど)人とのつながりの中でより多く生まれる気がします。自己嫌悪なんて自分が自分をどう思うかというだけの話ですしね。自分の中で嫌な気持ちが渦を巻きそうなとき、誰かとちょっと話するだけでそれを阻止できますからね。反省するしないとはまた違う話でね。

このあたり、自分の考えを丁寧に書けなくてもどかしいです。筆力と思考力が欲しい。

 

話は最初に戻りますが、ここ数年、人との交流が非常に多かったのがクヨクヨ病の発生を抑えられていた要因だったと。そろそろその忙しさから解放されるので、解放後、たまの人との交流でクヨクヨを芽生えさせてしまったら、次に誰かと接触するまでずーっとクヨクヨしそうなのが怖いです。そのたびに誰かに付き合ってもらうのも気がひけるので、クヨクヨに頭をもたげさせる隙も与えないほど没頭できる何かがあればな。

 

そうだ、嫌なことが頭の中を占めそうになったら、それを阻止するのに、なんでもいいから声に出してみるのは有効そうです。私はよく「◯◯(子の名前)、好きだよー」と言っていて、言われた本人はそのたびに怪訝な顔をしますけれど、声を出すと、悪い方にいきそうになる思考が一旦ストップするようです。これって「誰かと話をすることで感情に悪い渦を巻かせない」の独り言バージョンなのかしらん。