日々bibiビーム VI

作ったり読んだりなにか書きたくなったり。

どうしたら陰口を減らせるか考えてみた

陰口を聞くのが不愉快だし、自分が陰口を言うと、体内にどす黒いものが生まれるような気分の悪さを感じるので、言わないようにしています。言うと必ず「言わなきゃよかった」と後悔するので。

 

「その場にいない共通の知人」の話題を持ち出すパターンをいくつか思いついたのであげてみます。

1)褒める、称賛する。

2)事実確認。プジティブな推測。過去の思い出話など。

3)愛あるネガティブ発言。

4)嫌なところをあげつらって馬鹿にする、笑いものにする。

(まとめるの下手!)

1)褒める、称賛する。 

聞かされても全然大丈夫です。ポジティブな空気はいいですね。

2)事実確認。プジティブな推測。過去の思い出話など。

「あの人東京に住んでるんだっけ?」とか「今どうしているんだろうね。元気にしているのかなあ」「あいつ昔バカやってたよなー」など。これも大丈夫です。

3)愛あるネガティブ発言。 

本人にも言える悪口というのかな。悪口と言うと心証が悪いですけれど。

「本人にも言える」と言っても、責め立てる、というのではないですよ。本人に言ったとしても、その後も仲良く付き合っていける関係性の中でのアレですよ。戯言みたいなもので。だから本当に信頼しあっている人の間でしか成立しないのだと思いますけれどね。

ただ、陰で言うときに、聞かされる第三者が、自分と対象の人との関係性を知らないと、ただの陰口・悪口にしか聞こえない可能性があるので注意ですね。

4)嫌なところをあげつらって馬鹿にする、笑いものにする。 

これが陰口、悪口ですね。私が不愉快に思う分野(分野?)です。

この中にもパターンがいくつかある気がします。

a)坊主憎けりゃ袈裟まで憎い

b)自分を上げたいがため、または自分の欲求のためだけに人を貶める。

c)自分に理解できない行動をする人、考え方をする人に対して怒る。

a)坊主憎けりゃ袈裟まで憎い 

気に食わないと思った相手の、容姿やら服装やらを話題に上げて、とにかく何でもいいから相手を貶めにかかりますよね。相手の容姿をどうこう言うのは差別的表現になると思うのですけれど、そういうことは何も考えていないようです。

b)自分を上げたいがため、または自分の欲求のためだけに人を貶める

自分の周りに味方を集めるために相手を貶めるのね。あとはストレス発散とか。

c)自分に理解できない行動をする人、考え方をする人に対して怒る

自分の考えが「常識」だと思っていて、やたらと「おかしくない?常識じゃ考えられない、非常識だよねー」と言っています。

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なぜ陰口を聞くと不愉快になるのかなあ、と考えたのですが、ネガティブな発言ばかり聞いていると気が滅入るのもありますし、マウントしたい魂胆がミエミエだとむしろこちらに「軽蔑」というネガティブな感情が湧いてきてしまうからでしょうか。そもそもまったく建設的ではないし、いやほんと「陰で言わないで本人に言えよ、本人に言えないことは陰でも言うなよ」と言いたくなるのよね!実際はなかなか言えないけれどね!

 

陰口、悪口を言う人は「他の話すことないのかよ、つまらないやつだな」と人に思われ、自分の価値を下げるだけだと思うのですよ。

a)、b)、c)共に、根底にあるのは、程度の差はありますが「憎しみ」なのでしょう。「嫌い」も憎しみからくるのだと思います。

なので、憎しみを抑えられたら、陰口・悪口が減り、自身の価値を下げる機会も減ると思うのです。そのほうがいいと思うのです。 

 

憎しみを抑える方法は私にもよくわかりませんが、

a)は「なぜその人が気に食わないのか」

b)は「なぜその人を貶めたいのか」

c)は「相手の常識はなんなのか」

を考えるのが肝でしょうか。

 

a)とb)ですけれど、何かの受け売りでうろ覚えですが、

自分の中の嫌だと思っている性質が相手の中にあるのを見て、それを見たくないために相手を拒絶する、

という心理があるそうですね。

それね、ほんとにそうだと思うのですよ。なぜ私はこの人が苦手なんだろう、と考えると、だいたいそれです。

それから嫉妬もありますね(失念していたので、追記しています)。先ほどとは逆に、自分に持っていないものを相手が持っているときに、羨ましいを通り越して憎さに変化してしまう。

どちらにしても、陰口をいうのは、自分のコンプレックスもさらけ出しているのと同義かも。「自分もそうなのに、人のことよく言えるよね」「妬んでるだけ」と周りに思われる可能性大。ネット上で特定の個人を貶める発言も似たような心理からきているのではと思っています。

ね、そう思うと、そうそう簡単に陰口や非難などを言えなくなってきそうですよ。言わなくなったら自分の価値を下げる機会も減りますよ。

 

c)ですけれど、

 私も以前は、自分の考えは常に正しいと思っていたことがあるので、他人の振る舞いを否定したくなる気持ちはわかります(陰ではなく、本人に言って、絶交されたことがあります)。

そんな私が、今はわりと寛容になってですね(ものすごく寛容にはなっていないですけれど)、それはなにかで「人はみな、自分が正しいと思って行動している」という内容のものを読んだことがきっかけでした。

読んだとき「相手を認める」の意味がやっと腑に落ちたというか、目を見開かされました。自分には間違っていると思えることも、その人は正しいと思ってやっていることなのだ、ということにやっと考えが及びました。※法に反していることは本人が正しいと思っていても罰せられますけれどね。

なにか言いたくなる前に相手の「正義(正しいと思っていること)」を考えてみたら、怒りも収まるかもしれないし、そうすると精神衛生上もいいと思うのですけれど、どうでしょう。

私が以前に絶交されたのは今考えると当然で、相手の正義を考えていたら、もっと言いようがあっただろうな(遠い目

 

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お気づきでしょうか。

ここまで書いてきた私はですね、不平不満罵詈雑言悪口陰口誹謗中傷する人にも真っ当な理由があるということを認めないと辻褄があわなくなる、という事態に直面しています。投げたブーメランが戻ってきました。

本人の考えをじっくりと聞き出せればいいですが、どうしてそういう事を言うのか本人に聞いたところで「気に食わないから」くらいの返事しか返ってこない気がするし、そのまま罵詈雑言聞かされる破目になりそうでツラいので(書いているだけでツラくなってきた)、誠に勝手ではありますがこちらで相手の正義を推測させていただきます。

 

なんとか相手の正義を認めたとして、その人と仲良くするか否かは自由ですからね。

 

話は飛びますが「あなたの考えは間違えている」と怒り紛れに相手に言ったところで、相手の考えが変わるわけがありません(自分を見ているとわかります)。

そもそも「あなたの考えは間違えている」という考えが「自分だけの正義」の可能性がありますからね。そう考えたら簡単に相手を否定できなくなります。

※それでだいぶ寛容になった気がするんだなー ※とはいえ、自分の正義を振りかざして記事書いてます、すみません ※そして、私は不平不満誹謗中傷する人とは距離を取ります。相手の正義を認めたとしてもね

 ただ、相手のことを心から心配しているのなら、相手の正義を尊重しながら言葉を尽くしていいと思います。本人にね。陰ではなくてね。

 

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とはいっても、他人によって命や精神が危険にさらされるようなことがあったら、その場合は相手の正義を忖度している場合ではなく、誰かに相談して身と精神の安全を確保してくださいね。

また、愚痴りたくなることもあると思います。そういうときは、まったく関係ない第三者に話を聞いてもらったらいいかもしれませんね。私はオットに話しているうちに、なんかつまんないことでイライラしてたなと馬鹿らしくなって話す気が失せるのでわりと有効です。

 

落ち着かないときは掃除をするといいっぽい。

私がよくテレビをみていたころは、トレンディドラマが全盛でした。

二十歳前後でよく観ていたのかな。

今パッと思いつく当時の役者さんは、W浅野陣内孝則三上博史石田純一etc

 

当時観ていたドラマのタイトルはどれも思い出せないし、

内容もほとんど覚えていませんが、

一つだけ印象に残っているシーンがあります。

 

それは浅野ゆう子さんと石田純一さんが出演されていたドラマの最終回。

役名をまったく思い出せないので「浅野さん」「石田さん」で話を進めます。

細かいところが間違えているかもしれませんがご容赦願います。

 

何かのきっかけで浅野さんから離れていった石田さんが、

最後の最後に浅野さんのところへ戻ってくることになりました。

電話で話をつけたあと、

石田さんは遠方から車で浅野さんのもとに向います。

 

石田さんの到着を待つ浅野さん。

その間、浅野さんはずーっと掃除していました。

当時のトレンディドラマですから、とても豪華な家に住んでいる設定で、

家の中はとてもきれい。

なのに、すばらしい勢いでその豪華な家の中を掃除をしているのです。

掃除が終わると、今度はグラス類を猛烈に磨き始めたり。

 

それを観た時、わからなかったのですよ。

浅野さんの気持ちの高ぶりはわかるのです。

石田さんを待ち焦がれる、再会を楽しみに楽しみにしている感じ。

それと掃除がどうして結びつくのわからなかったのです。

そういうときは、掃除なの?そういうものなの?

 

その後もときどきそのシーンが思い出されて、

思い出すたびに、そういうものなのかなあ、と思っていました。

実際にやってみたかったのですけれど、有効なタイミングがよくわからない。

 

先日、心が浮つくというか、地に足がつかないような気分になった時、このシーンを思い出しました。

なるほどこういうときの今が有効なタイミング。

 

実践。 

ふわふわした感覚から現実に引き戻されるというか、地に足がつくというか、

確かに有効でした。

掃除機をかけるのもいいけれど、拭き掃除のほうが有効な気がしました。

浅野さんもグラスを磨いていたし、拭き掃除もしていた気がする。

「拭く」というのは気持ちを落ち着かせるのにいいのかもしれませんね。

拭き掃除はお寺のお坊さんもされているし、

「拭く」効用がお坊さんの書かれた本に詳しく書いてありそう。

 

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ちなみに、ドラマですが、浅野さんのところに向かっていた石田さんは交通事故にあって、結局浅野さんのもとに帰ってこなかった、という結末だった気がします。切ない。

 

【2回目】ウルトラミラクルスモールステップ進捗状況報告回

久しぶりの投稿が、なかなか習慣づかない話の繰り返しで、

どうもすみません。

 

いやね、定期的に進捗状況を確認しないと、

立てた目標がなし崩しに「なかったこと」になってしまうのです。

ここに書くことによって続けられるのです。

お付き合いいただいて、いや、ほんとに、すみません。

ありがとうございます。

 

前回、習慣づけの目標を変えました。より軽く小さく。軽薄短小

それがこちら。

1.読書    → 本を手に取る

2.家計簿記帳 → お財布の中を整理する

3.独語    → 『つぶやきのドイツ語』を開く

4.手帳    → 何か書く 

実行できたら、スマホのアプリでポチッと記録しています。

使っているのは「Habitify」というものです。iPhoneです。

無料で使えますが登録できる習慣は3つまでになります。

私は課金して上限を開放してしまいました。

アプリに滅多にお金を使わない私の本気です。

 

さて、その本気の結果はどうだったのか。(4月8日から5月7日まで)

1.本を手に取る         73.3%(前回 59.5%)

2.お財布の中を整理する     56.2%(前回 46.7%)

3.『つぶやきのドイツ語』を開く 34.3%(前回 50.0%)

4.(手帳に)何か書く      52.4%(前回計測なし)

 

お、おお。本と家計簿(財布)については、上がっています。

ドイツ語がひどい。

前回も一ヶ月間の記録ですが、習慣の内容を少し変えたので、まったく比較することはできません。むしろ、前回より全体により軽い習慣になったはずなのにドイツ語おかしいな。

今回、お財布整理(兼家計簿記帳)と手帳記入の数字が近いのは、どちらも机(私の場合は食卓テーブルのこと)に向うからかな、と思いました。

お財布整理だけでも目標達成なのですが、ついでに家計簿つけることが多かったのと(目論見通り)、

家計簿つけるついでに、手帳に今日あったことを書こう、と思うことが多かったから、2つの数字が近くなったのかな。

ん?なぜそこで「ついでにドイツ語もやろう」と思わぬ。

 

 

前回の報告記事を書いたあと、9日間は4つの習慣ともパーフェクト達成でした。

だから、この記事を書いたら、また心を入れ替えて習慣付けに勤しむはずです。

 

課題はドイツ語ですね。ドリルを解くのはダメなのかなあ。

つぶやきのドイツ語 1日5題文法ドリル 、面白いのになあ。

疲れていると頭使うのが億劫になるからかな。家計簿記帳や、手帳に今日の出来事を書くのって、それほど複雑なことを考えないので、多少疲れていてもできますものね。

語学の勉強で、頭を使わないでできることってなんだろう。

聴くことかな。聴くことか。そうか。ただ流して聴くだけね。

聴いたことを理解しようなどとしないでね。

 

ドイツ語の習慣付けは「ドイツ語を聞くか書くか解く」にしよう。そうしよう。

机(食卓テーブル)に向かえなかったら、聴くだけでよろしい。

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前回の報告↓