日々bibiビーム VI

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【自分メモ】【いまさら】iPhoneの写真をMacに取り込む ー Macの「写真」がiPhoneを認識しなくて困った話

iPhoneからMacに写真を取り込む方法は調べればいくらでもでてくるので、自分でもなぜ今更そんな、という気持ちでいっぱいなのですが。

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今は写真のほとんどをiPhoneで撮っています。

それで先ほどふいに、写真データがiPhone上にしかないのはいざというときに心配なのでMacにも保存しましょう、思いたちました。iCloudは使っていないので、iPhoneから直接取り込む方法で、です。前に適当にやってできたので、今回も適当にやれば・・・、と思って作業を始めたら、なんということでしょう、できないではないですか。

ということで、やり方を調べながら記事を書くことにしました。次にわからなくなった時のための自分メモです。

 

さっそく調べましょう。

iPhoneの写真をMacに取り込む」で検索して、パッと目に入ったページに行くと、そこはソフトバンクのサイトでした。

iPhone に保存されている写真をパソコンに保存する(Mac での操作方法) | iPhone | お客さまサポート | モバイル | ソフトバンク

ここを読みながら進めてみましょう。

なになに、

iPhoneMacを接続する前にかくにんすること。

急に始めるとデータが消えたり重複したりするのでソレを防ぐために

自動同期の設定をオフにする。  ふむふむ。

オフにするには、

MaciTunesの環境設定 → デバイス → 「自動的に同期しない」にチェック

どれどれ。こんなところ初めて開いたわ。

次。

iPhoneMacを接続する。

はい、しました。

「写真」アプリケーションで保存する場合 

私は「写真」に取り込みます。

「写真」を起動します。 Macのね。

「すべての新しい写真を読み込む」をクリックします。

ん、いや、

待てーい。待て待てーい。

全部は取り込みたくないの。選択したいの。ん?つか、その

「すべての新しい写真を読み込む」というのが無いよ?

どこ?

iPhoneはちゃんと接続できてるしiTunesも認識してるよ?

そうだ、自分でテキトーにやろうとしたときにここで手詰まったんだった。

 

調べましょう。

今度は「すべての新しい写真を読み込む 表示されない」で検索。

最初に表示された検索結果をクリック。そこはAppleサポートでした。最初からここを見ればよかったのでは。

iPhone、iPad、iPod touch から写真やビデオを読み込む - Apple サポート

えーっと、私の場合、

Macに読み込む というところですね。iCloudを使わずに直接Macに取り込む方法ですね。

まずはiTunes12.5.1以降が必要ですよ、と。これはクリア。iPhoneは接続しているし、ロックも解除してあります。写真Appが自動で開くけれど、開かない場合は自分で開け、と。ここまでは先ほどやりました。

次です。引用します。下線は私が引きました。

写真 App に「読み込み」画面が表示され、接続したデバイス上にある写真とビデオがすべて表示されます。「読み込み」画面が自動的に表示されない場合は、写真 App の上部にある「読み込み」タブをクリックするか、写真 App のサイドバーでデバイスの名前をクリックしてください。

え、「読み込み」タブ? それはソフトバンクのサイトでいうところの「すべての新しい写真を読み込む」というものですよね。ないです。そもそもツールバーがな、、いや、ツールバーはある。「写真」「共有」「アルバム」「プロジェクト」はあるけれど、「読み込み」がない。ついでに「メモリー」というのもない。

これは設定なのかな。iPhoneの写真の設定なのかな。iPhoneの写真の設定って、iTunes案件かな。

えー、なにしたんだろう自分。ともかくiTunesiPhoneの「写真」をみましょうか。

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うーむ、

でもこれは、「iPhone → Mac」じゃなくて、「Mac → iPhone」なので、

今はそれじゃない。したいのは逆のことですからね。iTunesではないぞ、と。

 

途方に暮れましたが、検索ワードを変えながら調べを続けていますと、どうも

「写真」AppがiPhoneを認識していない、

ということようで、私と同じ症状の方がAppleサポートのコミュニティに質問されていました。私だけじゃない、というだけで心が軽くなるー。

https://discussionsjapan.apple.com/thread/10178037?start=0&tstart=0

回答は、

iPhoneMacの両方を再起動する。

Macを再起動するときに

Mac の NVRAM をリセットする方法 - Apple サポート

というのを試してみる。

というものでした。質問された方がそれで「解決しました!」とおっしゃっていたので、私もやってみたら、

 

解決しました!やった!ありがとうございます!

 その方法の一部を引用します。詳しくは上のリンクへどうぞ。

Mac をシステム終了してから、電源を入れ、すぐに「option」「command」「P」「R」の 4 つのキーを同時に押し、20 秒ほどそのまま押し続けます。その間、Mac は再起動しているように見えます (Mac の電源を入れたときに起動音が鳴る場合は、2 回目の起動音が鳴った時点でキーを放してかまいません)。 

だそうです。押すタイミングがわからなくて、電源入れ直してすぐに押したのですけれどもなにも変化がなく、ロックを解除してからかな、それはそうかもな、と、解除してから20秒ぐらい押してみました。

起動音のようなものがピロピロピロ・・・・・と連続して鳴ったので、押し過ぎだったのかもしれないのですけれど、「写真」Appを修復しますか、みたいなのがでてきたので、OKしたら、修復後の「写真」に「新規を取り込む」というタブが現れました。やりました。タブの名称ってわりとコロコロと変わるのですね。

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もっと簡単に取り込めるようになると思って書き始めた記事だったのに、ずいぶん時間がかかってしまいました。

でもまあこれでやっと取り込める・・・・と意気込んだらですね、

すでにiPhoneから全部の写真が取り込まれておりました。

ポカーン、です。選択したかったなあ。

まあ、時間はかかりましたけれども、

 

・・・・えっと、あれ、私、そもそもなんのために写真を選択して取り込みたかったんだっけ(謎の徒労感

 

 

【読みました】『アリになった数学者』

数年前に、森田真生さんの「数学ブックトーク」というミシマ社(という出版社)主催のイベントに参加したことがあります。森田さんの「数学について喋りたいことがいっぱいある」気持ちと「喋る時間が限られている」のが相まって、マシンガントークと言いますか、たぶんものすごい肺活量なのではないかと思うのですけれども、息継ぎまで惜しむ感じで、淀みなく、喋りっぱなしの、内容の濃いイベントでした。

お話された内容を全部は理解できませんでしたが、森田さんの「数学ほど面白いものはない、そしてそれを伝えたい」という気持ちの溢れ出かたが非常に印象的で、数学は一生無理と観念した文系の私でさえ「数学っておもしろいかも」とうっかり思ってしまうほどでした。それほど熱意を持って数学を語っていらっしゃいました。

 

そんな森田さんが「数学の絵本」を出版されたというのですから、その内容が気になります。数学×絵本という異色な取り合わせは森田さんならありそうですし、しかも福音館書店の「たくさんのふしぎ」シリーズになるというのですから、期待が膨らみます(余談ですがこのシリーズ、私が中学生くらい頃、実家で母が定期購読していました。たぶん創刊号から。誰用に買っていたのかは不明ですが、私は読んでいました。なので森田さんの本が「たくさんのふしぎ」シリーズになると知ったときは嬉しさと懐かしさがあふれました)。

 

そして先日無事購入して(置いていない本屋さんもあってハシゴしました)、

読みました。

ああ、すごいな、と思いました。

初っ端からアリ、というセンセーショナルな出だしなのですけれど、そこは元数学者らしく、まったく動揺せずにとても落ち着いた調子で話が進みます。小学生が普通に本を読むように、私も難しいことを考えずに普通に活字を追いましたが、前半では、数学は人間が世の中を捉えるための一つの手段で、世界の共通語であり、一つの「学問」であり、研究しがいがあるものなのだ、などということに思いを馳せることができました。

そんな「起承」があって、「転結」に続くのですけれども、

その後半の考え方が美しくて、どう書いたらいいかわからなくって、文字を打つ手が止まっております。

 

えーっと、先に絵の話をしてもよいでしょうか。

絵やイラストを描かれる方には、ある程度イメージがあると思うのです。作風というのでしょうか。人気のイラストレーターさんだと、その絵を見ただけで「あ、あの人の絵だ」ってわかることが多いと思いますし、ましてや、本一冊の挿絵とか、一冊の絵本を描くとなると、絵のトーンは同じにすると思うのです。統一感を持たせると思うのです。

 

が、この絵本は全然違って!

ページによって絵の感じがぜんぜん違うのです。やたら写実的なページ、デフォルメし過ぎでその線太すぎませんかというページ、かと思えばおしゃれなテキスタイル風のページなどもあり、そうなると必然的に使う画材も変わりますよね。絵に統一感というものがありません。

こういうのアリなんだー。「アリ」だけに(スミマセン)。

とびっくりしました。

 

数学という抽象的なものに絵をつけた脇阪克二さん。概念だけのページにも絵があるのです。絵本ですから。概念に絵をつけるって、うーむ、発想ですよね。

 

その脇阪さんの描かれた多様で多彩な絵の影響もあるのか、

後半は「数に色や輝きや動きがある」ということが、理解するわけでも目に見えるわけでもないのですが、そういうことがあってもおかしくない、というか、そういうことがあるかもね、という、そんな気持ちになりました。

難解なものだと思っていた数学は、「わかる」「わからない」という次元を超えて、もっと面白がれるものなのではないか、と思いました。カラフルで鮮やかな数の世界を感じることができるかもしれない。数学はまだまだ何かあるな、とワクワクする気持ちで読み終わりました。

 

数学という抽象的なもの扱っていますが、叙情的でもありました。すばらしいバランスの絵本でした。

 

 

この本を読んで感じた「ワクワク」は、以前に大栗博司さんの『重力とは何か』を読んだときと同じワクワクでした。数学も物理も具体的なことはほとんど理解できないのだけれど、どちらの本からも、こんな世界もあるんだよ、ワクワクするでしょ、というのが伝わって、そしてまんまとワクワクしてしまう、そんな本たち大好き。

(↓出版社のサイトにリンクしています)

アリになった数学者|福音館書店

重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る | 株式会社 幻冬舎

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この絵本で、私が一番感じ入ってしまった、というか、見ていて全然飽きないページがあって、それは44ページと45ページの見開きなのですけれども、なぜこのページはこうなのだ、という気持ちだけで何分でも見ていられます。脇阪さんの多種多様な絵の見本みたいなページです。

それと、一番おちゃめでかわいくてプププッとなったのは、「松のことは松に習え」の松になった絵です。すごくかわいい。 

本棚の中身について考えてみました

独立研究者・森田真生さんの『アリになった数学者』という本が読みたくて本屋さんへ行って、無事に購入できました。

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森田真生公式ウェブサイト - Choreograph Life - イケメンのお兄さんです。

アリになった数学者|福音館書店 出版社のサイトにリンクしています。

 

そして、

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買う予定のなかった本をこんなに持ち帰ってきてしまいました。本が好きなので、本屋さんでは気分が上がりすぎて理性が働きにくくなるのですよ……しかもこうしてみると実用書ばかりではないですか。

レジで合計金額を知った時、まっ先に思ったのは「教養費、今年はもう使えない気がする、というか赤字確定」でした。理性が本来の役割を思い出した瞬間です。

 

これらの本、買ってしまった理由をそれぞれで一本ずつ(モノによっては一本以上)記事が書けるので、そのうち書きます。

 

さて、本題。

自分の手持ちの本を公開するというのは、恥ずかしいです。一冊一冊に買った理由があるのですが、実用書の場合、大抵の場合コンプレックスが理由だからです。小説も趣味嗜好がさらけだされる気がして、

「こんなことを気にしているのだな」「こういうのが好みなのね」

というのがバレバレになるのが恥ずかしいのですね。

 

この記事でオープンにしたのは数冊なので恥ずかしさも少ないですが、もし本棚の中身全部を見せろと言われたら、お断りします。「自分の頭の中身がそのままさらけ出される」ような気がして、そうそう見せられません。

 

以前、家にある本を、近藤麻理恵(こんまり)さんのメソッドで、3回に分けて大量に整理したことがありました。そして手持ちの本を四分の一くらいの量まで減らしました。

こんまりさんのメソッドはざっくりいうと「手にとったときにときめくか否か」が「モノを手元に残すか残さないか」の基準で、それに従っていけば、サクサクと整理が進む(はずな)のですが、

ときめかないのに悩んで結局残した本というのがあり、それが私の場合「コンプレックスに感じている」ジャンルの本でした。逆に「ああ、もうこれは大丈夫」あるいは「もう興味がない、どうでもいい」というジャンルの本はどんどん整理できました。

 

今、私の本棚に並んでいるのは

・持っているだけで嬉しい本

・何度も読みたい本

・コンプレックスジャンルの本

になります。

コンプレックスに感じるジャンルの本がけっこう多くて、それは「自分をこう変えてこうなりたいと思う気持ち」が多めに本棚に並んでいるということであり、

それを人に見られるのはやっぱり恥ずかしい。

 

人に見せられる本棚というのはどんな本棚でしょうね。

人によって違うでしょうけれど、

自信のあるジャンルの本が並んでいるといいのかな。うーん、私は違うかな。

好きな本かな。うーん、でも好きな本でも見せたくないのってあるよねえ。

 

あー、あれかな、

人に勧めたくなる本がたくさん並んでいる

というのがいいかな。うん、それはいいね。自分で実際に読んだ本でね。

 

ああ、じゃあ、人に見せることは前提にしないで、

自分にとっての理想の本棚、ってどんなのでしょうね。

眺めてうっとりできる本棚かな。それはどんな本棚かな。

 

背表紙を見ているだけで幸せな気持ちなる本ばかり並んでいる

 

のは確実にうっとりできますね。こんまりさん流で言うと「ときめく」本ばかり、ということでしょうか。この場合、実際に読んでいなくてもいいですね。いつか読む、という目標本も「ときめき」ますね。気分の上がるものだけが並んでいる本棚、いいですね。

ああ、いいなあ。自分の本棚はいつそんな本棚になるかな。