日々bibiビーム VI

作ったり読んだりなにか書きたくなったり。

帰省や旅行に使ったお金って細かく把握するの大変よね ー 『予算生活の家計簿』をつける

先月『かぞくのじかん vol.34』、2016年の冬号をネタに記事を書きましたが、今日もそこからネタをいただきます。

その記事はこれです↓

「今年こそ、家計簿をつけたい!」という企画の最後に

「はじめての『家計簿』Q&A」があることは先の記事でも書いたのですが、

その中に

帰省や旅行中など、何に使ったかが細かくわからなくなってしまいます。

 というQがありました。そうなんですよね、ほんとそれ。

Aは

出かける前に、所持金を記帳。帰宅してからとの差額を、帰省や旅行の費用として一括記入します。余裕があれば、交通費、食費など、大まかに分けておくと記録として役立ちます。

そうなんですよね、ほんとそれ(二度目)。

私もそうするようにしています。

 

旅行中(移動中)は、そこらでふらっと買い物、というかお財布から大雑把にお金を出すし、そしてそういうときにまずレシートはないし、まあ一度くらいだったら覚えていられるかもしれないけれど、目的地まで遠くて何度もそれを繰り返すとだいたい何か忘れますね。非日常の場面ではあまりケチケチしないで気持ちよく過ごしたいというのもあってですね、いろいろ忘れますね。

 

行く前と、帰ってきた直後の現金の差額をまず押さえておけばだいたいなんとかなると思っています。出発の前日までの現金合わせができていれば一番いいけれど、時間がなかったら、合わせなくてもいいからお財布の中に現金がいくら入っているか把握するだけでも(そしてどこかにメモしておく)。そして帰宅して、次にお財布からお金を出す前に、手持ちの現金をまず把握する。それからゆっくり記帳する。疲れが取れてから。

上のAにあるように、差額を、それが帰省だったら摘要に「帰省」と書いて特別費にするのが一番簡単ですね。

私は記録のため、内容がわかっている出費に関しては、一つずつ書かずに、

・(移動の)交通費

・(移動中の)食費

・(あれば)手土産

にまとめてしまって、帰省なら「特別費」に、旅行なら「娯楽費」に記入しています。

どこぞの入場料とか使用料などはまとめずに書いていますけれど。見返したときに、あー、あそこ行ったねー、とわかるので。

 

非日常であっても不明金を出さないように努力はしますがあまり気負いすぎず、出たらテキトーに仕分けています。食費にしてしまうことが多いです。

 

□□□

 

私の実家のある北海道への帰省は交通費がどうしても高額になるのですが、必要不可欠な費用なので、それとわかるように分けて記帳しています。あとはほら、その土地のものを食べるのも楽しみですからね。食べ物にどれだけお金を使ったか知りたくてそれも分けています。

あー、美味しい魚介が食べたくなってきた。

 

ウルトラミラクルスモールステップ状況確認の回

先月このような記事を書きまして。 

で、実際効き目(効き目?)があるのか気になりますよね(私が)。芳しくない成績なのはウスウス感じていますが、PDCAのC(Check)大事。評価。ううう。

 

まずは目標の確認

1.読書  → 本を手に取る

2.家計簿記帳 → 家計簿を開く

3.独語  → ドイツ語をみる

 です。このミラクルスモールな目標を立てたわけは↑先の記事に書いてありますのでご参照ください。

 

記録方法

実行した記録はHabitifyというiPhoneアプリで。

「Habitify-習慣化ー習慣トラッカー」をApp Storeで

こういう機能はタスク管理アプリ等にもあると思うので、新たにアプリをDLしなくてもいいと思いますし、この手のアプリもいろいろあると思うのでこのアプリがベスト、というわけではないですが、機能が単純なのはいいと思います。少ない操作で済むのが一番続く。

 

いざ、状況確認(4月7日まで)

1.本を手に取る  達成率59.5%(1月8日から)

2.家計簿を開く  達成率46.7%(1月8日から)

3.ドイツ語をみる 達成率50.0%(2月24日から)

う、うん。わかってた。

アプリに記録するのを忘れることもあるのでまったく正確ではないと思いますが、でも体感でそんなに違わない数字だと思います。

 

大事なのは!ここで!止めてしまわないこと!(そのためのエントリ!)

 

Aする

アクション(PDCAの「改善」パート)。とはいえ「改善」などという小難しいことはどうでもよくって、ただやってみて単純に思ったことは

机に向かうのは疲れているとしんどい。私の場合は机ではなく食卓テーブルですが。

欲張ったんですよね。家計簿開けば計算の一つもするだろう、という欲。机(食卓テーブル)に向かう前提なのです。

ドイツ語の場合は、先の記事でははっきり書いていなかったのですが、ドイツ語目にするの「目にする」は「文法ドリルを開く」というのが頭にあって、開けば一問くらい解くだろうという欲。これも机(食卓テー)に向かう前提。

それらに比べて、本を読むのは寝転がっていてもいいので、3つの中では達成率が高いです。ここでもし「本を読めば何か心に響いた1文を書き写すだろう」なんて欲を出していたら、これまた机(食卓テ)に向かう前提になるので、達成率はもっと低くなっただろうと思います。

  

以上を踏まえて、達成率を上げるには、

1.机に向かう習慣をつける(小1ですか)

2.欲を捨てる(仙人ですか)

3.もっとシンプルにする(発想力駆使)

しか思いつかなかったのですが、これをどう落とし込めばいいかなあ。

 

 以下思いつくままに書き連ねます。

ドイツ語。「ドイツ語をみる」の動作が曖昧だった。

いっそ「5問解く」にしてみる。使っている文法ドリルは『つぶやきのドイツ語』というもので、これね、解くことが全然苦じゃなくて面白いの。「Tippchen!」という箇所に文法的なことが少し書いてありますが、問題・解答に対する解説はないです(ヒントはある)。個人的に「オッス、おらは悟空。」を独語で書かせるのがツボでした。

つぶやきのドイツ語 1日5題文法ドリル - 白水社

うーん、5問はステップが大きいな。1問でいいか。基本「日→独」のドリルだけれど、答えのページ(独文が並んでいるだけ)を読むだけでもいいかも。読むだけなら机(食テ)に向かわなくてもいい。机(テ)に向かう機会があったら、解いてもいいし、書き写してもいい。解くか書くかは体調次第。

家計簿。これはどうやっても机(テ)の上で作業するの前提だなあ。「テーブルに向かう」を目標にするのか。家計簿記帳の目標がそれでいいのか。よく考えてごらん自分。

読書。これは今までどおりでいいんじゃないかな。本さえ目につくところに置いておけばいい。あ、それだ。読みかけの本の置き場所を考えよう。外(電車の中とか待ち時間とか)で読むのと、家で読むのとを分けてもいい。外用は鞄に放り込んでおけば間違いないし、家用はテーブルの横の棚の一番目につくところに置く。手に取ればいい。取るだけでいい。疲れている時は表紙を眺めるだけでいい。ほんの少し余裕があれば目次を眺めてもいい。

家計簿に戻る。うーーーーーーん。あ、わかった。お財布の中を整理する、はどうかな。疲れていても、お財布の中のレシートは取り出して家計簿に挟む。机(テ)に向かわなくてもいい。レシートのない出費があったら、メモに書いて挟む。(テ)に向かう余裕があったらちゃんと記帳する。これでいいのでは。

 

 新たに目標設定

 以上を踏まえて、ステップを改めます。そして今までの達成状況をリセットします。

イチから始める内容はこちら。

1.読書    → 本を手に取る

2.家計簿記帳 → お財布の中を整理する

3.独語    → 『つぶやきのドイツ語』を開く

4.手帳    → 何か書く 

一つ増えとるやないかい(しかも曖昧だ)。

※上で紹介したHabitifyは無料だと3つまでしか管理できないので、4つ目どうしよう。

 

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この記事を書いていて思ったことを、スラングをつかって表現したいと思います。

 

机に向かう習慣をつける気さらさら無いの草

【読みました】『21世紀の楕円幻想論』

平川克美さんの『21世紀の楕円幻想論』を読みました。

株式会社ミシマ社 | 21世紀の楕円幻想論 | 原点回帰の出版社、おもしろ、楽しく!

(出版社のサイトにリンクしています)

タイトルの半分以上が漢字でしかも「論」なんてついているタイトルの本が本屋さんに平積みされていても、私は決して「読んでみよう」などとは思いませんが、でもミシマ社の本ならたぶん私でも読める。そして読み終えました。

 

昨年、平川さんの対談イベントに参加したことがあるのですが、平川さんはかつて大商いをしていたとは思えない風貌で、なんというか、力が抜けて飄々としているようにみえました。悟りきっていらっしゃるのでしょうか(きっとそう)。

 

本の内容を大雑把に言うと、

効率よく金稼ごうぜ、なんでも金で解決できるぜ換金できるぜ、みたいな世の中だけれども、そこでみんな幸せかというとそうはみえないし、お金で価値をはかるだけではない価値の仕組みもあるはず。それについてちょっと考えてみないかい。もちろんお金は大事だよ、でも、違う価値観もあるんだよ。どちらかを選べってわけじゃない、イチかゼロかではなくって、バランスよ、バランス。今はバランスが悪すぎるんだよ。※「オマエそれしか感じ取れなかったのかよ、つか違うし」と著者に怒られてもこれが私の実力です。 

という本です。江戸時代の江戸っ子みたいな「宵越しの金はもたねえぜ」という生き方もあるということです。若い頃は「お金ないと困るじゃん。江戸人はなぜ貯めぬ」と思っていましたけれど、今はそうは思いません。むしろ江戸の人は肩こりがなさそうでうらやましいと思っています(飛躍しすぎ

少し前に『となりのイスラム』を読んだのですが、『21世紀の〜』の中で書かれている贈与のモラル、というのはイスラムが大事にしているものとずいぶんかぶっているのではないかと思いました。なので、欧米とイスラムはお互いを理解しにくい、というのがますますよくわかりました。もちろん、贈与モラルが大事にされている中でも等価交換モラルは生きているでしょうし、逆もしかり。ただ比重が全然違う。

 

振り返るとハズカシイのですが、自分の若い頃は、すべてにおいて貨幣価値で損得を計算する、みたいなところがありました。お金にも時間にもケチでした。江戸っ子が理解できませんでした。

時間効率やコストパフォーマンスがすべてではない、と気づいたのは40代になってからかな。みんなのために自分の時間を無償で提供することを「無駄」とは思わなくなってきた、というのかなあ、対価がほしいわけではないのですよね。なんでしょうね。自分のためよりむしろ人のためのほうが動けることに気づいたりね。ほんとになんでしょうね、これね。 

 

現在は等価交換のモラルの陰に隠れて贈与のモラルが見えなくなっているけれども陰に隠れているだけでなくなったわけではない、と平川さんが書かれています。

Twitterで「いい話」がバズる、えーっと、拡散されてたくさんの人の目に触れるのは、実はみんな贈与モラルに憧れているからではないかとぼんやり思いました。隠れているものを見つけたいのかな。こういうことがもっとたくさんあるといいな、と思っているような。

 

企業が必要ないものまで「買え買え」と購買意欲を煽ること、需要を無理やり作り出す、というのかな、そういうのが私は好きではないので、購買意欲を煽るだけではない商売に囲まれたいな、と思います。それには生活者も、必要なものだけ手に入れられれば良しとして蓄財を考えない、無理してまで欲しがらない、という意識の転換が必要ですが。まあ、みんながみんなそう振る舞うとほんと小さい経済になってしまいますけれど。お金が回らないですからね。でもお金がなくたって、助け合って生活するやり方をする人がでてきている、と本書でも書かれていますし、そういう人のほうが優しい。そういうのに憧れる人が確実に増えると思う。

 

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関係ありませんが、読書が面白いです。ある程度コンスタントに読書するのがいい。何年ぶりだろ、久しぶりに読書を楽しんでいます。今後も本を読み続けていくと、今日書いたことが「あ、少し違ってたわ」と思うことも出てくると思いますが、当時はそうとしか感じられなかった、というログとして残しておきます。

 

それはそうと、『となりのイスラム』を読んだ時のエントリがコチラ。

zipmouse.hatenablog.com