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日々bibiビーム VI

作ったり読んだりなにか書きたくなったり。

【読みました】何を読んでもストレスをどうするかって話になるわよね

この本を読みました。

「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 藤本 靖|さくら舎 ※出版社のサイトにリンクしています

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この本を読みながら考えていたのは、

 「感覚」を言葉で表すのは難しいのだなあ

 ということでした。

 

この本の内容をざっくりいうと、

目、耳、鼻、口という感覚器官(センサー)を上手に使って疲れを取る方法、

姿勢を気にして疲れを取る方法、

身体の軸を確認して疲れにくくする方法を

実際に試してみて楽になるのを感じてみようというものです。

 

ところが「こうやれば、こんな風に感じてくるはずです」と言われても、私にはその感覚がなかなかわからなくて。鈍いのかなあ。でも、耳をつまんで動かすのは(著者が意図する成果が得られたかはわかりませんが)普通に気持ちよかったです。

センサーの中の、鼻については、坂道を歩きながら鼻腔を意識しながら呼吸してみると息が切れなかったので、呼吸が深くなるという効果が得られたっぽいです。

それ以外は著者の意図する感覚がわかりませんでした、スミマセン(上の例もわかったと言えるのか微妙ですが)。

 

言葉で動きを説明するのは難しいけれども、得られる感覚を言葉で表すのはさらに難しいものだな、と思いながら読んでいました。多少のイラストを添えて動きの説明をしてくださってはいるのですが。

書き手が最善をつくして動きや感覚を表現しても、読み手の方で再現するのが難しいということもあるでしょうし、この本に限らずこの手の本はねえ、なかなか難しいですねえ。

身体能力の高い人なら、読んですぐに感覚がつかめるのかもしれないですね。残念、私は身体能力が高くなかった(と子どもの頃から自覚しています)。

 

正しい身体の使い方ができるようになるための方法が書かれているはずなので、それが(私に)伝わらないのがもったいない、(私が)掴みきれないのがもったいない、と思う本でした。先の記事で「オットの観ているドラマのセリフが耳に入ってきて、考えに集中できない」と書きましたが、それも、この本に書いてあるとおりに距離感をつかむことができたら解決するかもしれない、と思いました。

そのときの記事はコチラ:BGMを活用するようになった話。 - 日々bibiビーム VI

 

話はそれますが、「感覚」というのは人と比べられるものではないので、そもそも難しいですよね。「自分の感じ方」しか知らないから、それが標準だと思っているし。

普段から浅い呼吸をしている人は、それが自分の「標準」で、それ以外の呼吸の感覚がわからないから、自分の呼吸が人より浅いなんてそうそう気づかないもの(私

 

 □□□□□ 

 

こういう「疲れをとる」とか「やる気をだす」ための本を、いろいろな方がいろいろなアプローチで書かれていますけれども、目的は一つ、結局のところ

過度なストレスからの開放

なのですよね。ストレスを減らせば疲れも取れるしやる気も出るよ、という。

 

ストレスとはそもそも何か、という知識からのアプローチ、

考え方を変えてみようという、精神面からのアプローチ、

身体の中から整えよう、という食事からのアプローチ、

そしてこの本のような

身体の使い方を正そう、という運動面からのアプローチ

 

などなどなど、アプローチの仕方は様々です。今思いついた順に書きましたけれど、他にもあるかな。直接「ストレス」と謳っていなくても「疲れ」や「やる気」を扱うと結局「ストレスをどうするか」という話になってしまいますね。興味深いですね。

 

私は、身体の調子が悪い(だるい、重い、疲れる、などの)ときは、心と身体の両方を整えないと元気になれないと思っています。

どちらを先にケアすればよいか、というのは、これは私の考えですけれども、

ものすごく疲れて、ただただ寝ていたいような日々が続くときは、精神論で「気の持ちようだー!」などと言われても心が動きません。

そんなときは、食事の改善から試みたらいいのではないかと思っています。身体を中から整えるのが先。ぶっちゃけ、ただただ寝ていたいときは食事の支度すらイヤなのですけれど、食べないと疲れたままなので、そこだけは無理やりなんとかする。だからといって、ジャンクなものばかり食べるのは違うと思っています。食事支度は面倒なので(個人的な意見です)ジャンクに流れてしまいがちなのですけれど、そこは耐えましょう、未来は元気でいるために。「一汁一菜」という、心強い考え方がありますので、ご参考まで。

土井さんの著作を読んだときの記事はコチラ:【読みました】『一汁一菜でよいという提案』 - 日々bibiビーム VI

 

身体の中を調えて、午前中ならなんとか身体が動くところまで回復させたら、その頃には気持ちも少しは元気になってきていると思います。その状態を維持しながら、次は心の持ちようを変える方法を探ってみたり、身体の使い方を変えてみるなど、興味のある方法を試してみて、あとは「寝る」ことかな。ストレスの話になると高い確率で「質の良い睡眠」がキーワードになっている気がする。

 

5、6年前、私、エネルギーが枯渇して、ほんとに身体が動かなくて辛かったことがあるのですよ。今はそのころよりずいぶんマシになりましたが、今でもちょっとした外出ですぐにエネルギーが枯渇するので、こういう本をときどき読んでいます。ただ単に老化なのでは、という説もあるのですがそんなの断固として認めん。

 

書きながらふと思ったこと。

人工物に囲まれていたり、いろいろ便利になってしまったりで、昔は研ぎ澄まされていた感覚や能力が今は鈍ってきているという話が巷にあり、鈍るというと「退化」しているように思えますが、

実は人類の「進化」なのかも。100年(100年が妥当かわかりませんが)もしない間に急激に「快適」になったので、人類は今、種として混乱しているのでは。荒唐無稽ではありますが、それで今、みんなが「ストレスをどうしようもできない」という状態に。

これがあと数千年もしたら、ヒトは余剰ストレスをエネルギーに変えるように進化していって、「ストレス不足で動けない」などと言い出す可能性が、あるとかないとか(ない)。

※人類が文明を保ったまま存在していたとして

 

BGMを活用するようになった話。

私は、ひとりで家にいるとき、ほとんど無音の中で過ごしています。

でも、掃除などするときは、テンポの早い曲を聞きながらだとはかどります。数年前ですが、プリプリ(「プリンセス・プリンセス」です。そういう世代です)が掃除をするときの定番音楽だった時期がありました。 

がしかし、たいがいの時間を無音で過ごしています。特に頭を使うとき。音があると気が散って集中できません。ブログを書いているときや本を読むときなどがそうです。テレビやラジオ、歌詞付きの音楽が特に駄目です。耳から入る言葉の意味を取ろうと、脳がそちらに気を取られてしまって、自分の考えをまとめられなくなります。

私と違ってオットは音があっても全然平気なようで、2時間ドラマを観ながらパソコン仕事をしていたりします。こういうのは個人差があるのかもしれません(それとも「仕事をするふり」だけで、実際は仕事をしていないのでしょうか)。

 

自分ひとりのときは無音で過ごせていろいろとはかどるのですけれど、家族と同じ部屋にいるときはそうもいきません。私の定位置は居間にある食卓なので、家族が家にいるときは必ず何かしらの音がしています。

特にたちの悪いのがオットで、家にいるときは、録画しておいたドラマをこれでもかとばかりに視聴しています。

そのそばにいると、画面を観なくても、セリフが耳に入ってきてしまいます。しかも、オットの観る2時間ドラマは、ひどい事件が起こってその事件の背景にはつらい過去がありましたとか、そういう気が滅入るモノが多くて、そういうのが耳に入ると、ブルーな気持ちになる上に気が散っていろいろはかどらなくて、ほんとに困る。

オットに「イヤフォンして観て」と都度お願いしていましたが、言う方は早くしろとイライラするし、言われる方もイヤフォンするのが面倒みたいで、お互いにとってあまり良くない時間になっているなあ、と気になっていました。

 

そして最近ようやく、相手の耳をふさぐのではなく、自分の耳をふさげばいい、と気が付きました。もっと早く気がつけばいいのにねー。

ふさぐと言っても耳栓をするだけではドラマのセリフを防ぎきれません。積極的に音を耳に入れる事で、外界の音をシャットアウトすることにしました。仕事しながらイヤフォンしている人はなんなのだろう、と思っていたのですが、アレは外界の音をシャットアウトしているのですね?

 

耳に入れる積極的な音が歌詞付きだと、私の場合は意味がありません。積極音はクラシックのような歌詞なしがいい。インストゥルメンタルとか。人の声が入っていても、聞いても意味の分からない言語ならOKだと思いますが、数ある歌詞なし音の中で、私は「波の音」を積極音にすることにしました。

海の音が好きなのです。水音全般ではなく、波音。雨の音もいいですけれどね、私は波音。

YouTubeで「環境音楽」と検索すると、作業用・勉強用、癒やし・睡眠用などというものがヒットします。雨や波、森の音などにゆったりしたメロディーがついているものが多いようです。

 

私はメロディーもない、波音だけものがいいなと思っていて..........、

 

今見つけました。

youtu.be

 

 iTunesでもメロディーなしの波音を見つけて購入してしまいました。

癒しの波音 - The Sounds Of Waves -

癒しの波音 - The Sounds Of Waves -

  • Natural Healing
  • ワールド
  • ¥600

購入していませんが、こちらも気になります。

 

 iPhoneアプリでも、環境音アプリがたくさんあるようですが、以前、環境音が私の中で流行ったときに、試した中で一番良かったと思ったのがコレです。

Relax Melodies: 睡眠&ヨガ
Relax Melodies: 睡眠&ヨガ
開発元:iLBSoft
無料
posted with アプリーチ
Infinite Storm - Relaxing Stormy Moods
Infinite Storm - Relaxing Stormy Moods
開発元:Adam Ware
無料
posted with アプリーチ

「特別費」について考える ー『予算生活の家計簿』をつける

「特別費」というのは特別なことに使うのかと思うような費目名ですよね。実際はそんなことはないのですけれど、ただちょっと不思議な使い方をするなあ、というのが私の感想です。

一番「へえ」と思ったのは直系にかかる費用。それまで「直系にかかる費用」というくくりで考えたことがなかったので、不思議なものだな、と思いました。
直系というのは「親・教育費のかからなくなった子・孫」を指すそうです。「先祖のための費用」もココなのですけれど、そうすると存命の祖父母はどうなるのかしら(などと書きましたが「特別費」でしょう) 
 
同じ品物をプレゼントするにも、
兄弟姉妹関係へなら「交際費」で、
親へは「特別費」。
 
「何のためか」を考えて出費を各費目に振り分けますけれど、そのときの費目の選択肢が一つ増える感じです。
 
交通費も、家族旅行なら「娯楽費」だけれども、
帰省では「特別費」。
 
保険も、
掛け捨て保険が「特別費」、
貯蓄性のある保険は「預貯金」、
火災保険みたいな、家にかける保険は「住居・家具費」(でも積立式だったら「預貯金」)。
 
家で使う糊とかハサミとかボールペンなどの文房具は「特別費」。
家計簿も記帳に使う電卓も。
子どもが学校で使うのは「教育費」で、
私は、オットが会社で使う文房具は「職業費」にしています。※会社で使うものは基本的にお小遣いの中で買ってもらっていますが
 
あと、なるべく記入したくないのですけれども不明金は「特別費」。
どうしても家計簿上と実際の現金が合わなかったら、諦めて、潔くここに記入して、翌日からまた新たな気分で記帳すればいい(2週間も記帳を溜めるのはやめましょう to 自分)。
 
クレジットカードなどの年会費も「特別費」。特別な用途で使っているなら該当費目に入れるのだろうと思いますけれど、なんにでも使うカードだったら「特別費」以外にしっくりくるところがないのですよねえ。
 
他の費目のどこにもしっくりくるものがない、というときの駆け込み寺的な役割も果たすのかもしれないですけれど、
直系費用の扱いに道徳的なものを感じますね。親と(独立した)子にかける費用は理屈じゃないという感じ。交際費とは別に考えるというのは面白いなあ(興味深いという意味で)。